創価学会は草創期以来、伝統的に、一人ひとりの向上に焦点を合わせて、個人指導を一切の活動の機軸としてきたことを述べた。
また、信仰と組織の関係についても話題にのぼった。信仰が個人の内面の自由に基づいているのに対して、組織は、ともすれば人間を外側から拘束するものになりかねない。
伸一は、組織のもたらす問題点を考慮したうえで、各人の信仰を深化するための手段として、組織は必要であるとの立場を明らかにし、教授の見解を尋ねた。
ウィルソン教授は、まさに、それこそが宗教社会学のポイントとなるテーマであり、意見が分かれるところであるとしたうえで、概要、次のように答えた。
――多くの教団は、所期の目的を達成してしまうと、内部的な矛盾が露呈してくるものである。その弊害に陥らないためには、常に目的意識の高揚と、誠意と真心で結ばれた人間関係が不可欠になる。
つまり、組織は人間のためにあるという原点を常に見失うことなく、誠意と真心という人間性の絆が強靱であることが、組織主義の弊害を克服する力になるというのだ。
この時の語らいは、実に四時間にも及び、二人は、再会を約し合ったのである。(聖教新聞より転載)
「目的と目標と手段、言葉の通りすべて意味が違います。目的のために目標があり、その目標を達成するために手段を選ぶことになります。
信仰の目的は自分自身が人間革命して自他共の幸福を築く事。創価学会の組織としては世界広宣流布して行く事。個人のの幸福のために手段として創価学会がある。ここをしっかりと自覚して地域広布に邁進し社会に実証を示して行こう!」