7月24日の本日の聖教新聞では「続・花の三丁目地区 はなさん」がお題目をあげている描写から始まり、集中と雑念の中で自分自身を色々と評価する場面がありましたね。
ご本尊様に向かいお題目をあげていく、1時間、2時間、3時間とお題目をあげていく事はとても大切であり、信心の基本ですよね。
しかしながら、雑念多くなかなか祈りが定まらないのは私たち凡夫の定め、何のための唱題なのか?1時間に挑戦するための唱題なのか?宿命転換するための唱題なのか?
自身の一念がきちんと定まった時、本来の目的に叶った祈りに入った時から、自分の仏の命が動き出す!
祈った通りの行動に移すから依正不二で現実が動き変わっていく!
自身の一念がきちんと定まった時、本来の目的に叶った祈りに入った時から、自分の仏の命が動き出す!
祈った通りの行動に移すから依正不二で現実が動き変わっていく!
宿命転換・人間革命と言っても自分の一念がきちんと定まり、祈りから行動へと動くときにすべてが始めるのですね。今回の「花の三丁目・はなさん」とても素晴らしい表現ですっと腑に落ちました。